大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和25年(れ)146号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人加藤謹治上告趣意第一点について。

しかし、刑法一二九条二項、二一一条にいわゆる業務とは各人が社会生活上の地位に基き継続して行う事務のことであって、本務たると兼務たるとを問わないものであり、しかも、原判決の確定した被告人の地位は、昭和二二年九月一日判示名古屋鉄道株式会社の運転手兼車掌となり爾来同会社瀬戸線の電車の運転手又は乗務車掌の業務に従事していたものであるというのであるから、たとい判示日時には上司の許可を経ないで判示列車の運転に従事したからといって、その運転行為を目して同条にいわゆる業務上の行為でないとはいえない。されば、原判決が被告人の判示所為を業務に従事する者の過失に因る電車顛覆又は業務上の過失致死傷と認定して前示法条を適用し、被告人を主文の刑に量定処断したのは正当である。それ故論旨はその理由がない。

第二点について。

所論一は、結局原判決の採用しない春日保男の鑑定書に基き原判決の認定した本件事故原因就中時速五五粁を以て列車を運転するのは安全速度でない旨の事実認定を非難するに帰し適法な上告理由ではない。次に、一定の業務に従事する者は、通常人に比し特別な注意義務あることは論を俟たないばかりでなく、原判決の確定したところによれば、本件事故発生地である俗にいわゆる大森カーブは半径一六〇米の曲線であって、会社所定の運転取扱規定には半径一七五米以下の曲線における列車の最高時速は四五粁と制限する旨規定されていたのであるから、所論二のごとく「本件事故発生現場を時速五五粁内外で走行していても事故は発生せず従ってかかる時速で事故が発生することは運転者の全然予期しないところであって、通常の運転者にかかる事故発生の予測につき期待可能性なく被告人に業務上過失の刑責を負わせることは違法である」とする主張は、結局原判示と異った事実を前提とする見解と言うべく採用することはできない。そして、原判決の確定したように本件事故が被告人の業務上の注意義務を怠った過失に基く以上、仮りに、所論三のごとく本件事故について会社側の責に帰すべき幾多間接的原因があったとしても被告人の刑事責任を阻却するものではない。されば、所論三は結局量刑に関する犯情軽きを主張するに帰し当法律審適法の上訴理由とは認め難い。

よって旧刑訴四四六条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤悠輔 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 岩松三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例